鶏頂高原見晴・赤面山スキー

日時 1983年2月4日~6日 日程 2泊3日
人数 2名 天候 快晴、風雪
費用 約¥13,000 明細 交通費やリフト代など

概要

2月4日
吉祥寺の英会話教室へ行き、終わってから上のへ上野へ移動後、列車で西那須野の友人宅へ。
2月5日

鶏頂高原スキー場。午後少し混んだくらいでだいぶ空いていた。ただ雪が少なくて石の出ているところがあった。
2月6日

赤面山スキー場。昼過ぎまで滑った。西那須野駅へ向かい帰る。

切符

リフト券


現在から1980年代を振り返る

当時の記録は、不適切な表現、漢字や地名違いもありますが、なるべくそのまま転載しています。

いつものように友人宅を使ったスキーのようです。感想などは書かれておらず単にスキーを楽しんだようです。
赤面山スキーは、90年代末期にリフトやセンターハウスをリニューアルして白河高原スキー場(しらかわこうげんスキーじょう)へ改称されたようです。しかしリニューアル僅か数年で閉鎖との記載がウィキペディアにありました。
自身の記録である鶏頂高原スキー場は鶏頂高原見晴スキー場とごっちゃになっている可能性があります。過去記事のarques.hatenablog.comを見るとリフト券のデザインは異なりますが、KEICHO KOGENとなっているので鶏頂高原見晴スキー場が正しいのでしょう。それもあり記録は鶏頂高原となっていましたが、タイトルは鶏頂高原見晴としました。

当時は、へたくそな英会話を上達させるため吉祥寺にあったSony・L・L教室に通っていたと記憶しています。記録を見ると移動初日は、吉祥寺の英会話教室へ行き、それが終わってからへ上野へ移動後、列車で西那須野の友人宅へ向かっています。
約一年後の春から初夏にかけて、米国へ単独長期出張へ出かけています。この頃は一年後に米国へ単独で長期出張になることや、その後米国でスキーに出かけるようになるとは思ってもいませんでした。